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領域概要

概要

生命は地球上に誕生して以来、環境に適応するためにさまざまな生理機能を獲得し、その過程で地球と相互に影響し合いながら進化してきた。では、なぜ生命の基本単位とも言える細胞ですら、機能をこれほどまでに多様に発達させることができたのだろうか?実は、人類はきちんとした答えを持っていない。我々はこの疑問に答えるためには直接的な証拠を得ることが必要だと考え、本領域「復元細胞機能学」を立ち上げた。

具体的には、シアノバクテリアの光アンテナを例として、その細胞機能や進化原理を理解し、新たな細胞機能の開発を目指す(図)。シアノバクテリアは光合成により地球環境の形成に大きく関与し、現在では海や淡水、砂漠、温泉、氷河などあらゆる環境に生息する。シアノバクテリアの細胞機能の一つに、光を効率的に捕集する集光性アンテナ複合体フィコビリソームが挙げられる。フィコビリソームは光化学系のクロロフィルだけでは吸収できない波長の光を捕らえ、光エネルギーを光化学系へと伝達するという役割を持つ。これまでに扇型やロッド型など様々な構造のフィコビリソームが発見されている。また、フィコビリソームは環境や栄養状態によってサイズや性質を変化させ、光化学系へのエネルギー伝達を適切に調整することが知られている。我々はフィコビリソームがシアノバクテリアの多様性・可塑性を支える重要な細胞機能であり、地球光環境とシアノバクテリアの共進化に深く関わった細胞機能であることから「復元細胞機能学」の最初の材料として適していると考えた。

本領域では地球の惑星環境の多様性と変化と紐付けながら、環境ゲノム情報を精査することで新たなフィコビリソームの遺伝子情報を探索(発掘)し、シアノバクテリア細胞内でそれらを機能的に異種発現、あるいは試験管内で人工構築(再構成)し、そして先端顕微鏡技術によりフィコビリソームの構造多様性と機能を1分子レベルの分解能で解析する(可視化)。これにより「地球光環境とフィコビリソームの共進化」や「細胞内でのフィコビリソームの多様性」に関する新たな実験的証拠を取得する。さらに得られた知見を利用して、天然を凌駕する集光システムの創造(天然凌駕)を目指す。本領域は幅広い分野(惑星科学、光生物学、進化情報生物学、合成生物学、生化学、物理学)を専門とする中堅・若手研究者により構成されており、3つの計画研究班(A01-A03)を設定して本領域研究を進める。

総括班

代表者:渡辺 智(東京農業大学 生命科学部 准教授)

総括班は専門分野の異なる研究者が密にコミュニケーションをとり、領域研究を推進できるように計画研究をサポートするとともに、研究成果の発信役を担う。本領域の申請メンバーは既にSlack 等、研究情報をリアルタイムで交換できる共同研究体制を整備しており、総括班を中心に今後も積極的な交流を進める。さらに月1度の進捗報告会(Web会議)と半期に一度の合同ミーティングを実施し進捗を共有する。

A01班:発掘「集光性アンテナの発掘から探る光合成色素の進化過程の解明」

代表者:松尾 太郎(名古屋大学 理学研究科 准教授)

シアノバクテリアは24億年前に地球に大酸化イベントをもたらし、地球の表層を酸化させ、豊かで多様な生物を育む環境を作り出した光合成生物である。このシアノバクテリアの進化と繁栄を解明することは、生命の多様性の起源を理解するための重要な鍵となる。私たちは、シアノバクテリアの進化と繁栄の鍵が、光利用戦略と集光性アンテナ複合体フィコビリソームにあると考え、地球惑星科学、光生物学、進化生物学を融合させ、以下の目標に取り組む。

1. 色素と集光性タンパク質の発掘:
環境ゲノム情報を用いて、多様な光環境で育まれた色素と集光性タンパク質を抽出し、地球環境の変遷とともに色素の多様性がどのように生まれたのかを解明する。さらに年代推定と組み合わせて、過去の光環境に適応した始原的な色素の発掘を目指す。

2. 光環境の変遷の調査:
シアノバクテリアが誕生した低酸素の時代から、地球環境の酸化とともに経験した光環境の変遷に着目し、シアノバクテリアの誕生当時と類似の性質を有する薩南諸島の周辺海域や湖沼で光環境を計測し、色素と集光性タンパク質の調査を実施する。

3. 未来の集光システムの構築:
将来予想される地球環境の変化に適応できる集光システムを機械学習で予測し、A02およびA03班と協力して環境変化に適応する高い光捕集性能を持つ光アンテナの構築に貢献する。

A02班:再構成「集光性アンテナ再構成系の構築と天然を凌駕する新規集光性複合体の創成」

代表者:渡辺 智(東京農業大学 生命科学部 准教授)

本研究は「生物のもつ多様な細胞機能を「再構成」できるか?」と、「それらを改変することにより天然の細胞機能を超えることはできるのか?」という大きな問いに対して、光合成微生物シアノバクテリアの持つ集光性アンテナ複合体フィコビリソームをモデルとして取り組む。

シアノバクテリアは長い年月をかけて様々な地球環境に適応して生息してきた。特に、異なる光環境に対してユニークな進化を遂げながら順応しており、効率的に光を捕集するために色素とタンパク質から構成される集光性アンテナ複合体フィコビリソームを発達させている。本研究では、これまでに報告されているユニークなフィコビリソームや、環境ゲノム情報から見出されるフィコビリソームをライブラリー化し (A01班との共同研究)、これを用いてシアノバクテリア細胞や試験管内において再構成する。さらに復元したフィコビリソームの構造と集光機能の相関関係を1複合体ごとに評価する (A03班との共同研究)。得られた成果をもとに天然を凌駕する高性能なスーパーシアノバクテリア、例えば、どんな波長域の光でも有効に活用できるシアノバクテリアや特定の波長の光を超高効率に捕集可能なシアノバクテリアを創成する。またDNAの自己集合特性を利用したナノ構造体、DNAオリガミを使った集光性タンパク質の再構成技術を確立し、試験管内での高効率な集光複合装置の創出を目指す。

A03班:可視化「集光性アンテナの構造と機能の1分子相関観察」

代表者:渡辺 麻衣(東京都立大学 理学研究科 特任助教)

本研究では一つの細胞に含まれる複合体の不均一性(ゆらぎ)を対象に、1分子の分光特性とその構造を相関させ、個々に評価することで生体内での本来の特性を理解するための1 分子相関観察法の開発を行う。モデルとして扱うフィコビリソームや光化学系の複合体構造 は、変動する光環境に対してさまざまな時間スケールで変化し、外環境に適応する。このように柔軟に構造を変化できるフィコビリソームは柔らかく、ゆらぎのある構造であると考えられる。従来のクライオ電子顕微鏡などによる構造解析では、安定で均一な複合体の平均値であり、実際の生体内のゆらぎによる複合体の多様性を反映していない。また、分光特性も平均値であり、構造と分光特性は対応しない。我々は「生体内のフィコビリソームや光化学系との超複合体はどれほど構造、機能が多様なのか?」という問いに応えるため、複合体ごとのでの分光特性と立体構造をひもづけた、構造と機能の1分子相関観察法の確立を目指す。